日本の経済成長について考えてみる

さて、久しぶりの投稿となる。

久しぶりの投稿となるので、技術士の資格勉強ではなく、少し達観して日本の経済成長とインフラの関係を考えてみる。

 

 

まず、日本は先進国の中で唯一、経済成長しない国となってしまった。

最近は、そんなニュースがよく流れている。

それでも、日本はまだ、世界第三位の経済大国ということになっている。

今から考えると、一時はアメリカに次ぐ第二位だった時もある。

よくそこまでの経済大国になれたものだと感心するが、理由は何個かあると思うけど、一つの理由は人口が大きかったから。

単純な話だと思う。

実は日本は江戸時代から人口は多く、18世紀には江戸の人口は100万人となり、1840年には130万人に達していた、と言われている。

一方、欧州の最大都市ロンドンは同じ頃、85万人ほど。つまり、江戸は世界最大級の人口の多い都市だったそうな。

そう、日本は現在でも世界で人口は11位。先進国の中では、イギリスやフランス、スペインの2倍近い人口となっている。

そりゃ、GDPも大きいはず。

さらに、当時、つまり高度経済成長の時代、ソニーや日立、東芝といったメーカーの勢いも凄かったのだろうけど、1960年代になると団塊の世代が中学、高校を卒業して、労働市場に流れ込んだこと。

人口に占める労働可能な人が多い、いわゆる人口ボーナス期に入ったことが大きいとおもう。

 

 

 

しかし、時代は流れ、日本は人口オーナス期。オーナスとは重荷、とか負担という意味。

総人口に占める高齢者や子供の割合が高く、経済成長の重荷となっている状態。

先進国は総じて人口減少社会に入っているが、中でも最も激しい国は日本である。

例外は、アメリカ。先進国唯一の人口増加国である。これは移民の影響が大きいが。

 

とにかく、人口が減少するということはとても大きな問題。

経済成長の要因とは

「就業者数の増加」× 「労働生産性の上昇」

と考えるならば、就業者数は減少するに決まっている、と思うかもしれないが、それがまた、そう単純でもない。

人口減少に入っているが、就業者数は若干の増加している。

これは女性と65歳以上の就業者が増加したからである。

 

と言っても、長期的に見れば、人口が減少する以上、いずれ就業者数は減少に転じる。

となると、経済を成長させるには、労働生産性を上昇するしかない、ということ。

例えば、洗濯機の登場により、洗濯にかける時間が短縮され、その空いた時間を他のものを生産することできるようになった、ように。

このような新技術による生産性の向上が必要となっている。

 

 

では、インフラにおいて生産性を向上させるとは何?となる。

 

きっと、高度経済成長時代、これまでなかった橋が架かることで、分断されていた地域がつながり、情報や人、モノの移動が生まれ、生産性が上がったということ。

それが、一定数のインフラが整った今、橋をこれ以上作っても、経済に寄与しないということ。インフラ整備の効果はゼロではないのだろうけど、費用対効果の観点から考えると無駄だよね、というところまできた、ということ。

それが、財務省の言うところの、インフラは概成した。

 

 

では、もう土木技術者は必要ないのか、というとそうではない。

インフラメンテナンスが必要となってきたこと。

簡単に言えば、作ったばかりはそうメンテナンスしなくても良かったが、徐々にガタが出始めてきている施設が増えていること。

メンテナンスだけでなく、施設の更新ということも必要。

橋なども永久構造物ではないので、いずれは架け替えなければいけない。

橋梁もトンネルも港湾も舗装も全て永久構造物ではない。

しかし、これは現状維持であっていくらお金をかけてメンテナンスをしても、経済的にプラスになるわけではない。

マイナスをゼロにするだけの効果しかない。

やっぱり、もう建設業は斜陽産業なのか。

 

 

そんなことはないと思っている。

大林組の宇宙エレベータ構想のことか!?

イーロンマスクも真っ青の宇宙エレベーター。それも夢のある話だけど、もっと現実的な話。

 

 

インフラメンテナンスと称してをそっくりそのまま更新するから現状維持にしかならない。

そうではなく、老朽化したインフラをこれからの時代にあったものに作り変えれば良いのである。

 

では、どのようにインフラを作り変えるのか。

それが難しい。

誰も分からない。国交省も示していない。多分分からないのだろう。

よく、施設の集約撤去という言葉は聞く。補助金も出すという。

でも、それは単にメンテナンスコストを下げる役にしかならない。

しかも、使っている人がいる以上、壊せない、というから始末が悪い。

俗にいう、弱者切り捨てにするのか、という論理。

実は、数%の弱者を守ることで、将来、全員が死ぬことになるのだが。

話が逸れた。

 

 

 

ただ無駄なものを削り取っていく、という視点は悪くない。

無駄の対象を少し変えてみる。

無駄な施設を撤去する、ではなく。無駄とは物体ばかりとは限らない。

 

 

以前のブログでも書いたと思うが、日本では車に乗っている時間の4割は渋滞につかまっているらしい。

この渋滞時間というのは大抵の人にとっては無駄な時間である。

つまり無駄な時間を減らすという思考で考えることはヒントになるのではないか。

 

 

日本人全体では50億時間という渋滞損失が生まれている、そうな。

これは、300万人に近い労働力らしい。

交通渋滞を減らすような施策を実施することは、今の人口減少社会においては、最重要テーマかもしれない。

脱炭素にも資するだろうし。

 

 

では、どうやって交通渋滞を減らすのか、これまでは車線数を増やそうと考えた。

しかし、そうなると用地買収が必要となり、共産国家でもない我が国では、用地買収担当者が粘り強い交渉の末に、買収が成立。時間がアホみたいにかかる。

それにコストも莫大なものになる。

用地買収を伴わない方法としては、交差点部にポイントを絞り、交差点付近のみ歩道部を狭くすることで、車線数を増やす改良工事などもある。

いずれにしても、アナログな感は否めない。

 

 

きっとこれまでの改良工事の延長線上に答えはないと思われる。

おそらく、情報通信技術やAIなどの人工知能を活用することになるのだろう。

自動車もEVに変われば、主力メーカーがトヨタやGMからグーグルやアップルに代わるように、建設業も単なるゼネコンだけ、という時代は変わる可能性がある。

もちろん、工場製品であるクルマと現地で一品製品を作っている土木施設は一緒ではないものの。

 

少し、長くなってきたので今日はここまでにするが、人口減少社会の中、建設業がどのようにして生き残るのかは、今のままではダメという事だけは確かである。

情報通信技術とインフラの掛け算を最大化するような新たなインフラ・・・

スマートシティあたりにヒントがあるような気はするけど・・・

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