建設分野における生産性向上について、技術士論文の模範解答をインターネットで見つけたので、その模範解答について思ったことをメモする。
模範解答は下記の「株式会社 技術士合格への道研究所」のHPに掲載されている。
技術士試験合格講座「 技術士二次試験模範解答 2019年 建設 必須科目」
技術士の令和元年の過去問(必須)より問題文を簡単におさらいしておく。
まとめると
➊生産性向上を進める上で多面的な観点から課題を洗い出す。
➋洗い出した課題から最重要なものを一つあげてその解決策を複数書く。
❸複数の解決策を実行するうえでの共通リスクを書く。
➍解決策を実行する上での要件を倫理、持続可能性の観点から書く。
さて、このHPでの模範解答を見る。
まずは➊
生産性向上への複数の課題をみる。
『』はHPから引用。つまり模範解答部分。
模範解答を分解しながら、ぼくなりの感想をメモしていく。
自分で論文を書かずに、人の論文にケチをつけるみたいだけど、実はそうではなく、色々な人の論文を見て勉強する、という姿勢でメモしていく。
『 1)新技術を活用した維持管理の生産性向上
インフラは社会経済・防災を担うため、健全性の維持が必要である。
しかし、労働力不足の中、技術者が直接作業を行う従来の調査・設計・施工手法を継続した場合、全施設への維持管理が困難である。
このため、ICTやロボット等の新技術を活用し、労働力不足を上回る生産性の向上・効率化を図り、少人数でも維持管理ができる体制を構築することが課題である。』
→ さてさて、上記が模範解答の一部となっている。
多面的な観点から課題を洗い出すということで、3つの課題が書かれている。
その一つが 「1)新技術を活用した維持管理の生産性向上」
新技術の活用をインフラメンテナンスに応用することで生産性向上を図ることが課題と書かれている。
確かに、新技術を活用することは生産性向上にはマスト。
それをインフラメンテナンスという分野に応用することを提案している。
建設産業の一つのプロセスである維持管理というフェーズで活用する、という提案だが、それは良いと思う。
次に、その理由をインフラの経済や防災から重要だけど、労働力不足のために全施設では対応が難しいと説明。
そのため、ICTやロボット技術を活用することが課題と言っている。
ぼくは、これを見て少し疑問。ん~これは一見すると解決策にも見えるから。
しかし、何でこんな風に毎回、問題と課題と解決策で迷うのか?
ぼくは問題文が悪いと思う。
試験要領には課題遂行能力を見ると書いておきながら、問題文では課題解決策を書けとなっている。
遂行するものは良いこと(正のイメージ)のはず。
解決するものは悪いこと(負のイメージ)のはず。
つまり、このように出題されると、課題の設定が毎回グラグラすることになる。
このように本来の資格試験の能力と関係ないところで労力を使いたくないのが本音である。
気を取り直して、模範解答を見る。
課題を読むと、良いこと(正のイメージ)が書いてある。
ぼくは前のブログで
課題は、問題を解決する上での方向性の中にあるハードルや留意点。
と書いた。
そうなると、この模範解答は方向性しか書いていないように思う。
もし、ぼくが書くなら、「新技術を維持管理分野に応用する(方向性)ことが求められているが、現実にはまだまだ活用しきれていない」
と書く。
そう書いておくと、課題解決とは、新技術をどう活用していくのかを記述すればよい。
課題遂行能力を問われているのなら、単純に新技術の活用方法を書けばよい。
なんとか、課題が正であれ負であれ、矛盾なく記述できる。
なので、語尾にすこし「〇〇が求められているけど、それが進んでいない」と書けばよい。
課題とは当然、〇〇の部分となる。
『』はHPから引用
『 2)全体最適の導入
現在の建設生産プロセスは、各自が分離・独立しているため、前後間の条件不一致や修正が生じやすく非効率である。
よって、調査・設計段階から専門メーカーが関与するECI方式を導入し、三者協議の前倒し・事前確認・技術提案を実施する必要がある。』
→ 多面的な観点ということで3つ挙げられている内の2つめ。
なるほど、この視点はぼくにはなかった。
確かに、BIM/CIMの活用のメリットは、全プロセスにおいて同じフォーマットでデータを保有することで、データをフル活用できるようになること。
これが生産性を飛躍的に向上させることになる。
ぼくは、現在の各プロセスにおいて、データの連携が上手くいっていないことを上手くいかせることを課題としても良いかと思った。
模範解答では、さらに深く、課題設定の時点でECI方式という個別具体的な解決策の一つのようなものを挙げている。
少し気になるのは、全体最適の導入が課題であり、その留意点のようなものがECI方式となると、急に狭い視点になるけど・・・・
これは、これで良いのかな~とも思う。
次の課題に対する複数の解決策をさらに深めて書けるだけの知識があれば、課題で深く切り込んでも良いと思うから。
『』はHPから引用
『 3)地元建設業者の多能工化で生産性向上・活力回復
地元建設業は、地域のインフラ、防災、雇用、経済を担う重要産業である。
一方、維持管理・防災の需要が増加しており、新設工事減により縮小する地元建設業者にとって好機となる。
しかし、資金・人材不足から土工等の特定分野しか対応できず、受注が困難となる。
このため、産学官の連携による支援やマニュアル作成により、専門技能の幅を広げる多能工化を推進し、地元建設業者の生産性向上図り、活力の回復を促すことが課題である。』
→ 3つ目の視点として地元建設業の多能工化が挙げれている。
なるほど、なるほど。とても勉強になる。
確かに、地元建設業の役割は、地元のインフラの整備やメンテだけではない。
災害時の対応、経済を支える雇用という役割もある。
人口減少社会、3K職場のイメージの定着などにより人手不足での倒産という事態も発生している。
特に技能労務職の高齢化による離職は深刻な事態を引き起こすと言われている。
だから、働き方改革の推進に向かうのかと思いきや、多能工化。
ん~どうなんだろう?
今でもインフラ整備やメンテ、防災、雇用という意味では対応できている。
これらが持続できなくなるのは、ひとえに労働力不足が問題な気もする。
もちろん、中小建設業にとってICT活用工事などへの対応が進んでいない問題もあるが、それは多能工化というよりも、ICT建機等の導入費用が主な問題であり、多能工化という課題をクリアすることで解決できるのだろうか。
そのあたりが少し疑問ではある。
では、次に➋の複数の課題から
『』はHPから引用
『 (2)解決案
解決策1)i-constructionによる維持管理の生産性向上
インフラの周辺環境・構造は、高所部位置する、または部材数が多く密集することが多く、点検・補修部材の干渉照査・施工等に時間を要する。
そこで、以下の自動化・非人力化を図るi- constructionの推進で維持管理の生産性を向上する。
①点検でロボット・ICTを導入
UAVや部材に取付けたセンサーによるモニタリングで、近接目視点検の施設数・部材数を低減する。
②設計で3D図を導入
3D図で補修部材の干渉や施工可否の確認を容易とする。
③ICT建機を導入
3D図と地形データにリンクしたICT建機を導入し、自動制御・施工を可能とする。』
→ 新技術を活用した維持管理が進んでいないという課題を解決するための対策がi- constructionの推進であり、細かくは上記3つ。
UAVの活用、確かに確かに。
三次元データ活用、そしてICT建機の導入ということ。
このあたりは、それぞれに課題があると思うが・・・すごく表面的に記載されているな~と感じた。
この程度の分析による解決策で良いのかな、と少し不安になる。
なぜ、点検でロボットなど新技術が使われないのか?
それは、安全性、品質について確保されてこなかったから。
しかし、国交省もNETIS(新技術情報提供システム)というデータベースを構築して日々、データを蓄積してきている。
また、三次元データ活用は国交相では2023年より全件実施となったものの、自治体レベルでは全く活用されていないし、導入の気配もない。
あくまで大規模工事のみで、維持管理分野への導入はまだまだ先と思われる。
最後に、ICT建機も同様で、資本金5千万円以下の中小企業が99%を占める我が国の建設業界において、導入コストの壁をクリアできていない。
また、導入コストを準備できたとしても、費用対効果の面で疑問を感じている企業が8割いるというアンケート結果もある。
この問題点をクリアするためには、国による補助金などの中小企業、自治体などの支援対策の充実を図ることが急務と思われる。
『』はHPから引用
『 解決策2)アセットマネジメント(AM)へのAI導入
AMは、健全性や予算等の多様な観点とデータ分析で最適な補修優先順位を策定する必要があり、作業に多くの時間を要する。
そこで、AI導入で健全性診断データ・補修工法の耐久年数・付着塩分量・残寿命・交通量のビックデータを分析し、これら要素の点数化で橋の重要度と最適な補修優先順位を自動決定する。』
→ これは全体最適の導入に対する解決策だろうか?
それとも維持管理分野への新技術の導入
最も重要と考える課題を示していないので、3つある課題のどの解決策なのか不明。
全体最適としてECI方式の導入をあげていたので、いきなりアセットマネジメントへのAI導入ときて、びっくりした。
論文の構成が分からない。
まあ、そこは置いておいて、内容を見てみる。
AIによりビッグデータ分析を行い、橋の補修優先順位を自動決定する、とある。
実際のインフラメンテは橋だけではないと思うが、代表例として挙げているのだろう。
この解決策から課題を推定すると、維持管理分野への新技術を導入することによる全体最適を目指す、となる。
なので、課題の➀と②が合わさったような課題への解決策となっている。
『』はHPから引用
『 解決策3)鋼橋の健全性自動診断システムの構築
現在の健全性診断基準は定量的で無いため、診断のばらつき補正や診断ミスの照査作業に時間を要する。
そこで、構造設計データと損傷データが連動し、鋼部材の減厚・欠損に対する自動応力計算により、健全性の定量的評価・自動診断ができるシステムを構築する。』
→ 3つ目の解決策をみると、課題は地元建設業への多能化工ではないはず。
となると、この論文構成は課題と解決策が1対1で対応しているものではないようだ。
まあ、最も重要な課題を挙げてその課題への複数の解決策なので、そりゃそうだけど。
この解決策への課題としては、維持管理分野への新技術の活用であろう。
解決策をみると、これまた橋について書かれている。
健全性の診断基準について、自動診断システムの構築をあげている。
ぼくは橋梁屋ではないので、診断の細かいプロセスを知らないので何ともいえない。
ここまでをまとめると、3つの課題を挙げている。
➀インフラメンテナンスにおける新技術の活用
②全体最適の導入
③地元建設業の多能化工
そして、もっとも重要な課題は➀としている。
複数の解決策としては
・i- constructionの推進でUAV、3D、CT建機の導入
・アセットマネジメントへのAI導入
・橋への自動診断システムの構築
うまくまとまっていると思う。
3つの解決策はどれも新技術を使ってインフラメンテナンスの高度化といえる。
さすがは模範解答。
続いて、❸の共通するリスクを見ていく。
『』はHPから引用
『 (3)リスク・対策
①リスク
自動化の一辺倒では、技術者はシステムの操作法しか習得できず、部材の応力状態や弱点の把握等の設計的知識が不足し、技術力の低下が生じる。
②対策
・退職した熟練技術者を活用した技術指導等のOFFJTの充実を図る。
・設計的知識を要する維持管理資格を導入し入札条件に加える等の対策で、技術力の向上を図る。』
→ 3つの解決策に共通するリスクとして、技術力の低下をあげている。
なるほど。
ぼくは前に、このブログで求められる技術力が変わってくるから、一方的に低下すると言い切れないのではないか、と書いた。
でも、確かに、システムの操作方法を知っているだけで、部材の応力状態や弱点の把握といった設計的知識は養われない。
なるほど、クルマのメカニズムを知らなくても良いのは、一般の運転者であって、設計者はメカニズムをしらなければいけない。
技術者は一般の運転者ではないのだから、そこは押さえなければいけないだろう。
ぼくの考えが間違っていた。
模範解答では、熟練技術者のOFFJTや維持管理資格を入札条件に加えるといった解決策が示されている。
最後の➍である実行していく上での要件
これは倫理と持続可能性の観点から書くことになっている。
『』はHPから引用
『 (4)業務遂行に必要となる要件
・技術者の確保
将来、作業の自働化が定着しても、新技術を活用する次世代技術者は必要である。
しかし、インフラ整備の認知度が低く、かつ、3Kのイメージから若者の土木離れが進行している。
このため、インフラツーリズムを通じた建設業の魅力のPRや長時間残業削減等の働き方改革、ワークライフバランスの充実により、若者の入職意欲を奮起させる必要がある。』
→ この解答に対してはHPで指摘が入っている。
どうやら完全無欠な模範解答ではないらしい。
倫理と持続可能性の2点から回答するように、という指摘と、この2点から解決策を実行する上での必要となる要件や留意点を挙げるようにという指摘。
解答例をみると
次世代技術者は必要だけど、若者の土木離れで、担い手不足が発生しており、それを魅力PRや働き方改革で、入職意欲を奮起させる必要がある、と書かれている。
これを見てのぼくの感想は、
・i- constructionの推進でUAV、3D、CT建機の導入
・アセットマネジメントへのAI導入
・橋への自動診断システムの構築
を実行していく上での要件、留意点にはなっていないかな~とも思うがよく分からない。
上記3つの解決策を実施するためには技術者確保は必要のはず。
持続可能性という観点からは正しいようにも見える。
ただ、技術者としての倫理という観点からは弱い気がする。
では、技術者としての倫理からの観点では何があるだろうか?
例えば、❸の共通リスクと同じになるが、新技術はデジタル技術であることが多く、アナログ技術と比べて、その過程がブラックボックス化されやすい。
つまり、なぜそんな答えが出るのか分からないけど、とにかく答えは出た、という状況になる。
これは技術力の低下というリスクもあるけど、このリスクによって整備された構築物やメンテしていく施設の品質や安全の確保がおざなりになるリスクがある。
これは技術者倫理の点から見過ごしてはいけない観点と思われる。
技術力の低下によって引き起こされる事態の中には、技術者倫理として捨てておけないものがある、ということ。
なので、解答としては
新技術を活用して維持管理された土木施設が、所定の品質や安全性を確保しているかどうかの判断を確実に実施できるだけの技術力を保持すること。
そして、技術力に裏打ちされた判断を一連のプロセスの中に仕組みとして取り入れること、この2点が新技術をインフラメンテに導入すう上での倫理的な要件となる。
最後は自分で書いてみたけど、この一部分だけを取ってみても、やはり文字数オーバーだろう。
文字数制限があるので、短い文章で適確に表現する文章力もつけなければいけない。
今回は、他の人が書いた模範解答について、いろいろと思うところを書いたけど、いざ自分で制限時間で書けと言われたら、全然無理。
人の書いた論文に茶々を入れてるようだけど、とても自分自身の勉強になっている。
しかし、やはり道のりは遠いなあ~。
今日の模範解答を表にまとめておく。
多面的観点からの課題 | 最も重要な課題への複数の解決策 | 詳細 | 共通するリスク | リスクへの対策 | 実行要件(倫理と持続可能性の観点) | |
生産性の向上 | 新技術を維持管理に活用 | i-constructionの推進 | ・点検にロボット、ICT導入
・設計で3D導入 ・ICT建機の導入 |
システムの操作法しか習得できず、設計的知識が不足
→ 技術力の低下 |
・熟練技術者を活用
・設計的知識を要する維持管理資格を導入し入札条件に加える |
・所定の品質や安全性を確保
・担い手不足への対策 |
アセットマネジメントにAIの導入 | ||||||
橋の健全性自動診断システムの構築 | ||||||
全体最適の導入 | ー | ー | ー | ー | ー | |
地元建設業の多能工化 | ー | ー | ー | ー | ー |