「MaaSが都市を変える(学芸出版)」牧村和彦氏の著書を読み進めながら、書評のような形で2回に渡りブログ記事を書いてきたわけだが、ここで本を変えることにする。
なぜなら、「MaaSが都市を変える(学芸出版)」を読み進めていったのだが、どうも、前回、前々回のブログで書いた都市の課題とやらをMaaSが解決できると思えなくなってきたからである。
本書を読み進める内に、今の都市の課題の解決策の多くは自動運転に依るもの、というふうに読んでしまったからである。(これは、ぼくの無知ゆえかもしれないので、再度、どこかで読み直すつもりではあるが)
MaaSは自動運転を含有するシステムなのかもしれないが、自動運転はそれ単体でパラダイムシフトを引き起こすほどの威力を持っているので、MaaSそのものの特異性が不明瞭となってしまう。
今回、建設業に身を置くものとして、道路側にどのような変革が求められるのか、という視点で考えたかったのだけれども、どうやら、そこは自動運転によるものだという気がしてきた。
新たにどんな種類の道路工事が生まれるのか、そこを知りたかったのだが。
自動運転の方はそれはそれで、別途勉強してブログにメモっていきたい。
ひとまず、今回はせっかくMaaSというものを勉強しているので、MaaSとはどういうものなのか、という視点で再度、ブログを書き始めることにした。
つまり、自動運転をすすめるには、道路側で改修工事なりの対応が必要となりそうだったが、MaaSは進める上では、どうしても道路側で対応ということはそんなにない気がしてきたので、読む本を変えた、ということ。
それが分かったのは下記の本を読んだから。
「Beyond MaaS(日経BP)」著者は日高洋祐、牧村和彦、井上岳一、井上佳三の4名。
以下は上記の本を読んで得た知識を備忘録としてメモがわりにしたい。
まず、何のためにMaaSをすすめるのか?
この疑問に答えることが既に難しい。
今、どんな課題があるのだろうか?何に皆んなは困っているのか?
都市の課題は前回、前々回のブログで書いた通り。
交通事故、渋滞、稼働率低からの非効率性、公共交通分担率からの鉄道経営破綻、若者の引きこもり、スマホ依存、運転士などの労働力不足など。
しかし、これらは社会の課題である。
個人が移動するときに困っていることってあるだろうか?
あまり思いつかない。
なぜなら、その暮らしを普通としているから。
スマホがない時代、スマホのようなものがなくて困った事はない、というよりも困っていることに気づかないのだろう。
何らかの発明を試みる目的として、最近よく耳にするUX(user experience)、つまり優れたUXを実現することが目的なのか、それとも課題解決が目的なのか。
簡単にいうと、交通事故を減らすため、となれば課題解決型とみなせるし、より便利な移動手段を、となれば優れたUXの実現のため、となると思う。
そういう意味では、自動運転は両方だが、MaaSについてはUXを上げるためのシステムと言えるだろう。
今、システムといったが、MaaSの世界では、特にエコシステムという表現が使われる。
この言葉は本来、生態学の用語である。
このエコシステムという言葉を使う理由は、自然の遷移や動物の進化の過程をも含めた複雑な生態系と同様に、MaaSにも、遷移や進化する生態系と呼ばれるに相応しいシステムが存在するからである。
そのような複雑なシステムの論理構造や設計思想をアーキテクチャと呼ぶらしい。
生態系をもし神が作ったのなら、神はアーキテクチャと呼ぶ。
アーキテクチャという用語も最近は頻繁に聞く。
エコシステムだとかアーキテクチャなんて言葉は、一言で伝える日本語はない。
どうしても英語チックな造語を多用するしかなくなるのだが、仕方あるまい。
話をもどす。
MaaSとは、一つのアプリで目的地まで様々な移動手段を乗り継いで、最も理想とするルートで、発券から決済まで済ませてくれるサービス。
この認識に間違いはないようだ。
ただ、これのどこが便利なのか、と問われると分からない。
それぞれ単独で調べる手段を身につけている世代であるぼくらにとっては、それくらい自分で出来るよ、と思ってしまう。
でも、考えみると、今はグーグルマップや乗換案内アプリがないと困ってしまうぼくらも、少し前までは、時刻表と駅で運賃表を見て調べて移動していた。
今では乗換案内アプリがないと、面倒で仕方ない。
GoogleのCEOも広告型検索エンジンのアイデアを部下が持ってきた時は、その価値に気づけなかった、という。
MaaSもその手のアイデアなんだろう。
凡人にはその価値がわからない。
しかし、だからと言って、そんなに便利なのか、自動運転のような社会への変革は起きないのではないか、と考えてしまっては、MaaSへの興味は消え失せてしまうことになる。
ここは騙されたと思って、MaaSは革新的な技術になるのだ、と思って読み進めるしかない。
MaaSをエコシステムと生態系のように呼ぶのは、どのような関連企業が存在するのかを理解するとしっくりくる。
・MaaSプロバイダー
・データプロバイダー
・交通事業者
・ユーザー
・クラウドサービス会社
・決済ソリューション企業
・チケット発券企業
・経路探索サービス企業
・通信会社
・保健会社
・政府、自治体
・投資家
・大学
ざっと、こんな感じである。
これらが、データを連携して一つのアプリで動かそうとするのは並大抵のことではないだろう。
IT技術もそうだけど、それぞれの事業者と調整をとるための時間がとてつもなくかかりそう。
交通事業者だけでも、公共交通と民間交通がいる。
当然、その中心にくるのはMaaSプロバイダーと呼ばれる企業。
これは、交通事業者が行う場合もあるし、グーグルやアマゾンが狙っている、という声もあるそうな。
いわゆるプラットフォーマーと呼ばれる役。
実際に、車両などを運転するのではなく、運転する事業者との仲介?役。
交通事業者と言っても都市に行けば、JR、自治体交通、私鉄と多くが、これまで競合し、しのぎを削ってきたエリアで、いきなり手を取り合って、と言っても進まない。
JR西日本、阪急、阪神鉄道などの争いは有名である。
実際に一つのMaaSプロバイダーに入るところまできた、としても課題は多い。
時間はかかるが安い料金のA交通と短時間だが料金の高いB交通の場合、定額制にした場合、みんながB交通に乗るだろう。そうなると、MaaSプロバイダーとの契約において、利用実態で決めるとなると、A交通はお客さんを奪われたことになるし、利用実態を無視すると、B交通ばかり使われて混雑してイメージダウンとなる。
仮に、これまで仲違いをしてきた事業者同士を同じテーブルに座らせたとしても、そこからの話し合いには、幾つものは超えるべきハードルが待っている、ということ。
日本は海外と異なり、鉄道事業でも民間側でインフラ整備まで行うのが当然とされてきた。
交通事業は黒字が当たり前、という認識を政府も国民も持っている。
それが可能だったのは狭い国土のわりに人口が多かったから。
それと、鉄道事業者が私鉄沿線を鉄道と共に一体開発をおこなってきたから。
鉄道駅ができれば、周辺の土地価格は跳ね上がる。
その土地を事前に押さえておいて、跳ね上がった後に商業、不動産、レジャー観光などの総合サービスを展開していくことで、鉄軌道敷設のコストを回収していたのだろう。
このような特徴が、今後のMaaSをすすめる上でどのような影響があるのかというと、私鉄沿線で言うと、その私鉄グループで、バスやタクシーを運営していることが多く、その場合は調整が取りやすい、というメリットがある。
しかし、このような大きな私鉄は、近鉄、名鉄、東武鉄道の3社ぐらい。これらは総延長で400Kmを超える営業距離らしい。
その他では、阪急や東急、小田急であっても沿線150Km程度らしく、私鉄グループがカバーするエリアは意外と小さい、とのこと。
だから、都市の特徴ごとに考えなければいけない。
大都市で大きな私鉄の走る地区、小さな私鉄の走る地区、私鉄は走らないがそれなりの公共交通のある地区、ど田舎の過疎地
のように、エリアの特色ごとにMaaSの進め方は違ってくるかもしれない。
過疎地のMaaSが一番、ハードルが大きいと思える。
まず、利益の出し方が分からない。
俗にいくビジネルモデルが見出せない、というもの。
しかし、過疎地だけでなく、都市ならMaaSをすすめると儲かるのか、というのも、実は未だ未知数。
大体、大都市ではすでに、地下鉄や私鉄も最低限の儲けは出ているはず。
定期券で通勤、通学する利用者も、別にMaaSになってもならなくても、利用に大きな違いはない。
交通事業者側も、今のシステムからさらに儲けが出るシステムとしてMaaSが成り立つのかの見極めができない。
そのような状況の中、MaaSプロバイダーになるため、アプリやシステム開発の初期投資のリスクを負う必然性がない。
かと言って、MaaSプロバイダーにはならずに、一つの交通事業者として参加した場合、顧客情報を奪われるだけで、どんなメリットがあるのかも分からない。
最後の訴えとしては(誰が主語か分からないが)、MaaSシステムが出来上がることで、これまでのマイカー利用者が、MaaSシステム内の交通手段を利用するような変革が生まれる場合。
しかし、そのためには、マイカーを超える魅力が必要となる。
マイカーはかなりの強敵である。
芽としては、他のサービスとくっつけ、移動に止まらない新たな付加価値をつけたサービスを提供するより他はない。
そこまで苦労してMaaSをすすめることに価値があるのか、そこがまだ分からない。
パソコンの黎明期がそうであるように、MaaSもそうなのかもしれない。
MaaSが当たり前になれば、今のような移動スタイルは手間で仕方ない、という時代が来るだろう。
さて、苦労ついでに、法律による規制との戦い、ということを最後に書いておきたい。
白タク問題。
MaaSは、何もいくつもの移動手段を乗り換える事のみを指すわけではない。
移動したいときに、さっと移動できるシステム、そして、そんなシステムがあることで、これまでよりも、移動したい、という気持ちが湧き起こってくるシステム、という事。
そんなときに、必ず問題となるのが過疎地。
人口減少、少子高齢化問題と共にいつも出てくる難問。過疎地問題。
移動手段がそもそもない。
タクシーがあっても不足している。そんなエリア。
解決策はただ一つ。
オンデマンド型乗り合いサービス。
白タクの解禁である。
現在でも「道路運送法」による過疎地、地域合意などの特別な条件を満たせば、白タクはOKである。
しかし、あくまで特殊条件下だけの話で、全国的にはまだまだ違法である。
一方、タクシーや自動車教習所、観光バスの組合は白タク反対を声高に叫ぶ。
自分ら仕事が奪われるから反対なんだろうが、勝手なものだと思う。
国家全体が沈むのを防ぐためには、一部の時代遅れの業界は切り捨てるしかない。
タクシー業界は、白タク解禁の中での生き残り戦略を考えるにせよ、撤退するにせよ、いつまでも反対運動や族議員への働きかけをしていないで、どちらの戦略をとるのか腹を括るしかない。
他にも、貨物自動車運送事業法、道路運送車両法、道路交通法、鉄道事業法、軌道法、鉄道営業法、駐車場法、車庫法、旅行業法などが複雑に絡んでくる。
MaaSを進めていくと、これらの多くの法改正をしていく体力と根気がいる。
我が国の法は基本的にポジティブリスト方式らしく、やって良い事だけが列挙されている。
それに対し、米国などはネガティブリスト方式と言って、やってダメな事を列挙しておき、書かれていないことは基本はOK、というスタイル。
ポジティブリスト方式による法体系が、これまでの安心して安全な移動環境を作ってきたのだろう。
しかし変革期においてはマイナスに働いてしまう。
だから、トヨタ自動車がウーブンシティという規制のない街を作って実験をしようとしているのだろうけど。
本日も5000字を超えてきたので、このあたりでブログを終えるけど、もうしばらくMaaSについて記事を続けようと思う。